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まことblog

心の平安を創る発信をしています( ´ ▽ ` )

環境によって作られる欲求と自ら設計する欲求



①やりたい事をやりたいと思う気持ち




"やりたい事をやりたい"、"自分の好きな事だけをしていたい"とは誰しもが思う事と思います。




モテたい
世界中を旅しながら生きたい
美味しいものを毎日食べられる人生が良い
お金持ちになりたい
田舎でゆっくり過ごしたい
バリバリビジネスで成功したい
趣味で生きていきたい
など




また、そのように生きられる人は他の人の憧れのようにもなるでしょう。なかなかできることではありません。




自制している方も多いでしょう。





特にこれまでずっと我慢しながら生きてきたり、勇気が出ずに出来なかった人はこのような欲求はとても強いと思います。





このように自分の欲求に素直に生きる事はとても素晴らしい事だと思いますが、私は同時に危なさも考えています。





②その"やりたい事"はどのように作られたのか?




やりたい事をやりたいという素直さ自体は素晴らしいと思うのですが、そもそもその"やりたい事"とはなぜ、いつ、どこで生まれたのでしょうか?





それは本当に自分の意志で作った"やりたい事"なのでしょうか。





危なさと言うのは、実はその"やりたい事"と言うのが"自分の意志"ではなく、




まわりの"環境"によって作られたものである可能性が極めて高いということです。





環境から作られるのは当たり前だと思う方もいるかもしれません。





家族、テレビ、学校、部活、会社、コミュニティー





様々な環境によってあなたのニーズが作られていきます。





家族内であれば

親から認められたい

良い会社に入りたい

学校であれば

良い成績を取りたい

クラスの人気者になりたい

スポーツができるようになりたい

恋愛したい

会社であれば

ビジネスで成功したい

結婚したい





環境によって作られているという事は、あなたのニーズは誰かの意図によって作られているということにもなります。





理想の息子になるようにするための親の意図
商品を欲しくさせるようにするための会社の意図
国を運営しやすくするための政治の意図





様々な意図が込められた情報が社会には大量に流れています





しかし、誰もが赤ちゃんの頃からその情報の海の中で育つのでハッキリ言えば逃れようがないのです。





そして物覚えが付いた頃には大方の人格形成は為されています。





そのようにして、ほぼ自分の意志とは関係なく"やりたい事"は環境によって作られていくのです。





③作られた"やりたい事"で生きる事の何が問題になるか?





それによって生じる問題はいくつかあります。





代表的なのは

人にどう思われるかという不安
人に申し訳ないと思う罪悪感
人に注目される羞恥心

常にこれらの気持ちと戦い続けるケースです。




その気持ちに負けたら途中で諦めてしまうし




勝っても無意識にストレスを溜め続けてしまいます。





そしていづれ溜まったストレスが爆発し、鬱っぽくなってしまったり、身体に故障がきます。





しかも、我慢の反動で暴発してしまう可能性があり





この場合はやり過ぎたり頑張り過ぎたりして、身体にかなりダメージが及びます。




うまく調節することが難しいのです。




④それなら、"やりたい事"を自ら創り出すにはどうするのか?




これはまず、幼少期からの経験や体験によって作られてきた人格を自分で把握する必要があります。





なぜ、いま自分はこれらの事をやりたいと思っているのか?





なぜ、他の事では無かったのか?




なぜ、これらの事が好きなのか?




過去の体験や経験の中から自分の欲求や興味が生まれてきた背景を整理してみて下さい。




その次のステップはリセットです。




それらを1度手放し、0化します。
そして、そもそもどうして人間はそのような仕組みになっているのかという本質的な理解が必要になります。




そして最後に、再設計です。




0化した後、新しい自分の在り方、生き方、人生の目的や方向性を設計していきます。





これら一連の流れは、1人では難しいのでプロの方に案内してもらう事をお勧めしています。




⑤自分で設計する生き方とはどのようなものなのか?




自分がどのような存在であり、どんな欲求や目的を持っていて、どんな方向性の人生を歩むのか。




それらを全て自らが設計することで、ものすごく大自由な感覚で生きる事になります。





また環境や状況に流されることはなくなり、自分の意志で立って生きていくので、自分の人生の主人である自負がハッキリします。




まわりからは頼もしい人のようにうつるでしょう。




そして、頑張り過ぎたり、怠惰をし過ぎたりすることなく、いつも自分で調節が可能です。




ぜひ、興味がある方は試してみて下さい。


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ストレス、プレッシャーの源泉は全て、"環境"ではなく"自分"。

今はストレス社会と呼ばれるぐらい、ストレスやプレッシャーがものすごい時代です。




家庭、学校、職場、あらゆる局面で、特に人間関係のストレスは大きいですね。




特に日本では、鬱や自殺する人が多いと言われています。




そこまでいかないにしても、日々ストレスが多すぎて嫌になる人もたくさんいると思います。




それなら、このストレス、プレッシャーは




どこから生まれてくるのでしょうか?




また、なぜ生まれてくるのでしょうか?




今回はこの2つの質問にポイントを当ててみようと思います。




①ストレス、プレッシャーはどこから生まれてくるのか?




結論から言うと、「自分」です。

もう少し厳密に言うとアイデンティティーとなります。




まわりの人や環境があなたに与えてくるものと思う方もいるかもしれませんが、実はそうではありません。




たしかに、"環境"はストレスやプレッシャーの大きさに影響は与えやすいですが原因ではないのです。




まわりの様子、状況、人の顔、発言、振る舞い、行動、これらすべては脳によって投影されている現実の画面であり、そこに意味自体があるわけではありません。




その現実画面、対象を観たあなたが、「何を感じているのか?」が大事です。




そこにストレス、プレッシャーを感じれば、ストレス、プレッシャーが生まれてきます。




逆に言えば、そこに喜びや価値を感じれば、喜びや価値が生まれてきます。




つまり同じ現実画面、対象だとしても、あなたがどのように観て、何を感じるかによって喜びにもストレスにもどちらにでもなります。




つねに、主体(自分)と対象(環境)を意識してみて下さい。




ストレスやプレッシャーの原因を対象(環境)においてしまっては本物の変化を起こすことはできません。




なぜなら、いつもストレスを生み出しているのは自分自身だからです。




しかし、"思い方"によって変化しようとするとまた失敗します。




こう思う事にしよう。

こう考える事にしよう。

こう感じる事にしよう。




一時的には良くなりますが、またすぐに問題にぶちあたるケースです。




これは、思い方をいくら変えても、あなた自身そのものが変化していないので根本的な変化になりません。




簡単に言うと、"あり方"の変化を起こさなければいけないのです。




そのためには、"今私は、どんな自分として生きているのか?"という事を明確に自分で理解する必要性があります。




②なぜ、ストレス、プレッシャーは生まれてくるのか?




ストレス、プレッシャーは"自分"から生まれてくると話しましたが、これってよくよく考えれば不思議な事です。




わざわざ自分からストレス、プレッシャーを生み出し、それを減らすために人は頑張っている事になります。




しかも意識的にではなく、無意識的にオートで生み出しています。




何にどれくらいストレスやプレッシャーを感じるかは人それぞれの幼少期の体験に基づいています。




幼少期の頃のショックな体験によって各々が"自分"を作り出します。




そしてその"自分"が日々日々ストレス、プレッシャーを生み出し続けます。




自分がどんな"自分"を作り出しているのか知りたい方は、セッションなどを受けてみるのが最も早いでしょう。




そして実は、そもそもこの原理自体が人の"モチベーションシステム"になっています。




ダメな"自分"がストレスやプレッシャーを生み出し、それらを乗り越えるため、それらから解放されるために頑張る。




もう少し簡略的に言えば、ダメな自分(✖️)から、ダメじゃない自分(◯)へ




✖️→◯へ




✖️◯エンジンとも言えます。




この✖️◯エンジンを活用して、生きるモチベーションを作っている間は、実はストレス、プレッシャーから自由になる事が出来ないのです。




むしろ、ストレスプレッシャーがないと何もモチベーションが湧かない事になってしまいます。




本当の意味でストレス、プレッシャーから自由になり、かつ持続的にモチベーションを起こし続ける事ができるようになるには、✖️◯エンジンではない、新しいエンジンを装着する必要性があります。






今回の事をまとめると、

ストレス、プレッシャーは"自分"から生まれます。環境ではありません。

✖️な自分から◯な自分へ変化させるモチベーションを作るために、いつもストレス、プレッシャーを生み出し続けます。

そこから自由になるには、新しいエンジンの装着が必要です。

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自分の判断基準が"変"だと思えるか



人間なら誰しもが持っているものの中の一つに"判断基準"があります。



その"判断基準"は人によって似ていたり、バラバラだったりします。




そしてその"判断基準"は何か物事を意思決定する上で必ず使います。




自分がどのような"判断基準"を持っているだろうかと、改めて考えてみた事はありますか?




さらに、自分の持っている"判断基準"に対してじっくり吟味し、この基準を採用するかどうかを考えてみた事はありますか?




多くの場合、そのような事はしないと思います。




それはその人にとってその基準が当たり前過ぎて、無意識に絶対正しいと思い込んでいるからです。




だから無自覚に人や自分をジャッジしてしまいます。




その結果、他己否定や自己否定を繰り返します。




例えば、
「ある人からLINEの返信が1日間来なかった」
という1つの事実が起きたとします。



その時に
「この人は私を無視しているに違いない」
「全く自分に興味が無いんだ」
「嫌われてるかも…」
と思ったとします。




そして、怒りや不安の感情が沸き起こります。




この時、自分がそのような感情や言葉の動きが起こった事に対して異変を感じるでしょうか。




もしかしたら相手方はただ単に忘れていたり、返したつもりで勘違いしていたり、何か事情があっただけかもしれません。




その確認をする前に、勝手に考えを巡らせて怒ったり不安になったりしているのです。




これを普通だと思ったり、個性や性格だと思えばずっとそのパターンは繰り返すでしょう。




でも見方を変えれば、これってかなりエネルギーの無駄遣いをしていると思いませんか??




私の観点から観れば明らかに"変"です。




自分自身で"変"だと思う事が出来れば、このパターンを変化させるきっかけを掴むことができます。




当然である。
常識である。
個性である。
性格である。



と決めつけると、思考がstopして先に行けなくなるのです。




その"変"な判断基準を用いる事によって、無駄な考えや感情を大量生産しているのが人とも言えます。




エネルギー効率が非常に悪いです。




相対比較なども同様で




自分より出来る人を見つけては、自分はダメだと落ち込みます。




そして無駄に考えや感情を動かし、エネルギーを浪費します。




エネルギーを浪費するぐらいなら、わざわざ自分より出来る人を見つけては相対比較などしてなくてよいのに、どうしてもしてしまいます。




他にも様々なパターンはありますが、これらの要因は一様に




"変"な判断基準を持っているからです。




LINEの返信が来ない
→この人は私を嫌っている
→全く私には興味が無いんだ




このように、普通と思う人は多いかもしれませんが、よくよく考えれば実は論理の飛躍が凄いです。




でもそれを、日々の中で何回もやっています。平気で。




まわりも同じだからと言って、こういうものだと決めつけるのを1度ストップし




自分の判断基準をじっくり観察して、違和感を得る経験を蓄積してみて下さい。




"変"に気付く力が養われます。



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大川真

「自分と自分の宇宙は実在しない」この言葉の意味するところ。


この言葉を聞いた時どのように感じますか?




は?と思う人が多いでしょうし




よくわからん。

ふーん。



と感じる人もいるでしょうし




自分もそう思う!と言う人もいるかもしれません。




この言葉は言い換えるなら、この世界が錯覚であり、仮想のものであるということになります。




このような事を言う人いま現在増えてきています。




理論物理学のホログラフィック原理

イーロンマスク

バンクオブアメリカのレポート、NTTの実験

他様々なスピリチュアリストや宗教家、哲学者

などです。



例えば



「誰も見ていない時でも月は存在するか?」

という実在性問題が世の中では議論されています。




これは量子力学のミクロの分野では既に非実在性が実験で確認されました。




NTTの実験ではさらに大きいスケールにおいても非実在性を証明しました。





つまり簡単に言えば、人間が観測するまでこの現実は存在していないということになります。




観測していない時は、波動状態と呼ばれ、存在の無い情報が広がっているのみとなります。




ではこれが、自分達の日常とどのように繋がっているのでしょうか?




実はこれ、どんな人の人生においても最も重要な論点になるのです。




これから先の人生を


①「自分と自分の宇宙が実在する」という大前提で生きるのか?


②「自分と自分の宇宙が実在しない」という大前提で生きるのか?




この2極で人が分かれます。




人は誰しも、過去の記憶、情報知識、体験を元に"自分"というものを確立し、自分の考えを展開し、人生を設計していきます。




だからその人にとって自分の記憶や思い出はとても大事なものだと思います。



もちろん、忘れたい事もあると思いますが。




もし、それら全てが実は錯覚であり幻想であると言われたら、どう感じるでしょうか?




あなたの基本土台が大きく揺らぐことになります。




映画マトリックスの主人公は、自分が今までホログラムの中にいた事実を受け入れる時にとてもショックを受け暴れ回りました。




人の"存在意義"にダイレクトに関わる重要な問題になります。




だから、②「自分と自分の宇宙が実在しない」事を受け入れた人は




どうせ錯覚だから何してもいいやと自暴自棄になったり、何でもいいやと無思考になるか、





それなら、「本当に実在するものとは何なのだろう?」と疑問を持ち探すようになる方と分かれていきます。




後者はいずれ本当に実在するものを発見し、新しい人生をスタートさせるようになります。




①「自分と自分の宇宙が実在しない」という事を受け入れ無い人は、これまでとあまり変わらない人生を歩むようになります。




頭で分かったとしても、感情の抵抗が働く可能性が高いので、受け入れるためには「勇気」が必要になります。




どの選択をするのも自由です。



僕的には②の人生をオススメします。



理由は色々ありますが、羽のように軽く生きられるからですね。

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大川真








自分の"クセ"を強める自己流の罠


何か物事を学ぶ時には必ず学ぶ対象が存在します。



それは多くの場合、"人"だと思います。もちろん、物質や植物、動物から学ぶこともあります。



"人"から学ぶとき、みなさんはどのようにして学んでいるでしょうか。



学ぶ対象の人=師

としましょう。



学ぶ時に最も重要なのは、
「その師の教えようとしているイメージを寸分違わず受け取れるかどうか」です。



これ1点のみです。



受け取れればその師のようになれるし、受け取れなければその師のようにはなれません。



守•破•離で整理するならば



第1段階の"守"が出来るかどうかが最も大事で、これが出来なければ破も離も出来ないでしょう。




ですが、師のイメージをそのまま受け取る事が実は物凄く難しいです。




なぜなら、必ず人は師が言っている事を自己流解析します。



この自己流解析は誰しもがするのです。



その結果、師のイメージとはどんどんずれていき自分流となり、正しくイメージを受け取れる事が次第に出来なくなります。




人は必ず学び方の"クセ"を持っており、それに気付かず自己流で学び続ける事でどんどん"クセ"を強化していき、それを治す事が難しくなるのです。




それが個性であるという意見もあると思いますが、この"守"を通過していない個性は共有が難しく、孤独と分離を生み出します。




師のイメージと完全に一致し、その師を超えてこそ、本当の意味で進化した個性を生み出す事が可能となります。




人生を一言で例えるなら、「森」であると言えます。森から抜け出す事を成功に例えるなら



その森から抜けたしたくても、最初は道がわからず迷ってしまうでしょう。



その時に、自力でなんとか出ようとする人はずっと迷い続ける可能性が高い上に抜け出したとしても時間がかかります。



一番早いのはもう既に抜けだした人に案内してもらう事です。その森の案内人が師の事ですね。



その人の案内を素直に聞いて実行していけば森から出られます。




そして次のステージの森に入れます。




なので、シンプルに言えば実は"素直さ"しか必要ありません。




ただし何度も言うようですが、これが実は難しいです。



理想を言えば、既に抜け出す道を開拓されてある森をわざわざ自分が開拓する必要はありません。



案内人に道を教えてもらい、さっさと森を抜け出し



誰も開拓した事の無い森に入って、開拓精神を楽しめば良いのです。
ライバルのいない境地です。




そうすれば、いつも最先端を走っている状態を創ることができ、個性が溢れ毎日が楽しくなります。




なので、まずは徹底的に"守"を大切にして下さい。



また、自分の"クセ"を強化すればするほど、そのクセを解くことに時間がかかります。



結果的に学びのスピードが遅くなるので要注意です。




では、人の学び方ついて具体的にどのような事があるでしょうか?




このブログでは、大きく分けて3パターンにしてみました。



①師の本やブログから学ぶ

②師に直接会って学ぶ

③師と一緒に仕事しながら学ぶ



3つとも大事なのですが、



①より②


②より③



の方が師から正しくイメージを受け取れる可能性が高いです。



逆に言えば、①のみで学ぶのは最も"クセ"を強化しやすい事になります。



なぜなら、文章はとても抽象的な表現なので、読む人がそれぞれ主観的な解析をしてバラバラな意味合いを持つようになってしまいます。




これも例えるなら、お釈迦様の経典は一つでも、弟子の解釈によって様々な派閥が生まれる現象のようにです。



だからこそ②、③が必要です。



また、もう一つ重要なのはその「"師"を共にしているコミュニティに所属しているかどうか」です。



仲間がいれば比較して自分を省みることが出来るので自分の"クセ"に気付きやすいからです。




これまでの事をまとめると、
「師」を決めたなら、師に対して素直になり、共に仕事して、師のコミュニティに所属していること。

それが「守」を極める最短最速の道です。




不安感が出る人はいるかもしれませんが、実はこれが最も人生の成功に重要な要素となります。


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大川真







「新しい価値」を生み出す「新素材」とは?


今はどのような時代なのか、「素材」の観点からそんな事をテーマに書いてみようと思います。



半導体



その素材の発見によってIT社会は到来しました。



それにより、今まで人間がしていた事をパターン化させ、自動的に機械が作業していく事が可能になりました。



なので、あらゆる物事がどんどん便利に速く、効率化されていくようになり



その進化の延長にAI社会が到来する事になります。



時代が進むにつれて仕事が自動化されていくスピードも早まり



今では人間がする事は無くなるのでは?という意見が出るほどになりました。



いまこの瞬間あなたがやっている仕事は、いずれ自動化され機械が行うようになります。



また自動化するだけでなく、それらを発展、拡張していく事までも可能なのです。



それがIT社会の特徴であり、「半導体」の機能でもあります。



なので人間はこれから先、常に新しい仕事、新しい価値を生み出せるようになる必要性が出てきます。



仕事=価値を生み出す事



と定義するならば



①:誰かが作った仕事を効率的に素早く正確にこなしたり、発展させる能力ではなく、
(1→∞)


②:0から新しい仕事を創る能力の方が必要となります。
(0→1)


①はAIが最も得意とする分野で、いずれ人間は全く歯が立たなくなります。



なので相対的に②が重要になってくるのです。



ですが、日本の教育ではまだまだ①を高めようとする傾向がとても強いです。



なので、自ら意識的に②を高めるためにはどうすれば?と考える必要性が出てきます。



ここで素材の観点からもう一度考えます。



半導体」という素材の発見によって、仕事を効率化、自動化、安定的に発展、拡張をする事が可能になりました。



では、安定的に0から新しい仕事、新しい価値を生み出し続ける事ができるためには?



それは、新しい「素材」の発見が必要になると言えます。



0から1を生み出すクリエイティブを持続的に可能とする人材が、未来に生き残る人です。



そんなクリエイティブを可能とさせる「素材」とは一体なんでしょう。



まず、素材と聞くと物質的な物を想像すると思います。



ですが、ここではその固定概念を一度置いてみて下さい。



新しい仕事、新しい価値、クリエイティブが生み出されるためには



「新しいイメージ」が必要になります。



スマートフォンが世の中に現れたのは、スティーブジョブズの頭の中にスマートフォンのイメージがあったからです。



なので「新しいイメージ」を生み出す元とは何か?言うなればイメージの素材とは何か?



つまり、その「新素材」を発見し、応用活用する事が



0→1を生み出すクリエイティブなスペシャリストになる道と言えます。



言い変えるならその「新素材」とは「物質」では無く、「概念」となります。



しかも誰でも理解出来る、客観的な「概念」でなければなりません。



言うなれば「メタ概念」です。



その機能は、新しいイメージを生み出すことです。



なので、現象的なところからいくら探しても見つかる事はありません。



その「新素材」を発見するには、



全てのあらゆるイメージの元素であり、イメージの抽象度を上げていき、より本質的に観たり、イメージの背景を観ようとする探し方でないと見つかりません。



そして最終的に新素材である「メタ概念」を発見します。



発見した後は、それをどのように応用、活用していくのか?というステップになり、



それの達人になればなるほど、新しいイメージを持続的に生み出せるようになり、0→1のクリエイティブな人材に成長していきます。



こうなれば、AIから仕事を奪われるという心配は一切無くなります。



ちなみに、自力でこの新素材を発見しようとすれば、多大な労力と時間とお金がかかります。



なので、既に発見している人に実際に会って共有してもらうのが一番早いです。



本質的な追求や、抽象度の高いイメージを持っている人と実際に会う事はとてもとても大事なのでぜひしてみて下さい。


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大川真




「体感」の危険性と「論理」の重要性


人が何かを理解する時に、勉強して頭で論理的に理解していく場合と、実際に見たり感じたり、身体で理解していく場合の2つに分かれると思います。



前者よりも後者の方がより強力に印象に残り、深く学ぶ事ができると思います。



この身体感覚で得る「体感」はとても人間に影響やショックを与えやすいので、人生の方向性を決定付けます。



学校で習った勉強の内容というよりも、今までの人間関係や何かとの出会いによって感動したりショックを受けた事の方が人生の転機になりやすいと思いませんか?



また、様々な神秘体験などを経るとそこに強力なエクスタシーを感じ、とても印象的な経験として記憶に残ります。



瞑想や祈り、修行や様々な方法を通じてとても不思議な体験、神秘な体験をすることができますが



宗教などの集団になると、よりこのような事が実現しやすくなります。



では、タイトルに「体感」の危険性と書いていますが、何が危険なのかと言いますと



その「体感」がとても心地よいので、またそれを求めるようになるということです。



スピリチュアルな世界でもそうですが、1度そのショックな体験をすると、もう一度体験したいという欲求が生まれ



いつの間にか"執着"が生まれていき、人生の目的がそのエクスタシーを感じることになります。



現実に対する諦めや絶望が深い人ほどそこに興味を持ち、執着が生まれやすいです。



また、神秘な体験をする事で、私達は特別な人間だ、凄い人間だ、という"傲慢さ"にも繋がっていきます。



危険性というのは、この"執着"と"傲慢さ"になります。



そして人とは一線を画し、現実から離れたようなフワフワとした生き方になりやすいです。



ですが、不思議な体験、神秘体験をする事が悪いと言っているのではありません。それは実際に喜びや元気を与えてくれるものです。



まず、そのような体験とは一体何なのか?なぜ起こっているのか?
それらを論理的に理解しておくことが大切だという事です。



そうしておけば、極端に神格化したり、快感に囚われたりすることなどが無くなります。



それらを理解しないまま、「体感」を求めていくと危険な道に入っていくことになります。


執着→依存→傲慢さ


と深まっていくと、次第に排他性が生まれていきます。


排他性が生まれてくると、攻撃性が生まれ争いに繋がります。


ですが、「体感」も大事ですね、順番で言えば①「論理」②「体感」のステップで進んでいく事が良いです。

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