まことblog

心の平安を創る発信をしています( ´ ▽ ` )

車輪の中でぐるぐるする生き方と、外に出てスッキリ爽快な生き方



今日は、車輪、カルマ、輪廻などの言葉をテーマに書いてみようと思います。




カルマ=車輪という意味ですね。




車輪と聞くと、輪が回転しているイメージが湧きます。




ハムスターの遊び道具でもそのようなモノがありますね。




人間の生き方も、心から観れば車輪の中をぐるぐると走り続けていると捉える事ができます。





それは、人間のモチベーションを見てみると分かります。





例えば、「人から認められたい」というモチベーションを事例に上げてみましょう。





人から認められたい!と思う背景には「人から認められていない自分」というアイデンティティーが無意識に潜んでいます。





もしいつも完全に人から認められているのが当たり前の状態であれば、人から認められたい!とは思いませんよね?





人から認められたい!というのは人間であれば自然で当然の欲求と思うかもしれません。
マズロー欲求段階説でもあるように。






ですが、私からすればそれは当たり前ではありません。それは解決されるべき人の課題として捉えています。





実は「人から認められたい!」というモチベーションが働いている状態というのは、車輪の中でぐるぐるしている状態と言えてしまいます。





人は必ず、生まれてから今までの間に"2点"を決定し、その"2点"を行ったり来たりしてぐるぐるするようになります。





その2点というのは、「アイデンティティー」と「エネルギー」です。
ここでは、エネルギー=モチベーションと考えても大丈夫です。





具体例をいくつか挙げてみます


=人から認められるはずがない自分
エネルギー
=人から認められたい!



=異性からモテない自分
エネルギー
=モテたい!



=人に必要とされない自分
エネルギー
=人に必要とされたい!





このアイデンティティーとエネルギーの2点の間をずーっと行ったり来たりして、それを例えるなら車輪の中でぐるぐるしている状態となります。





現実的には、収入が上がったり地位が得られたり、人脈が増えたり、経験やスキルが増えていったりと、どんどん変化しているように感じるのですが





精神的には、「認められていない自分を認めさせよう」という動き自体はずーっと変化していないのです。

恋人に認めて欲しい!

家族に認めて欲しい!

上司に認めて欲しい!

社会に認めて欲しい!

と範囲自体はグレードアップしていきます。






いや、自分は人から認められるために生きているのではなく、もっと社会を良くするために生きていると反論も出るかもしれません。





本当にそうなら問題無いのですが、ただそこで注意なのが、意識的にそう思っていたとしても無意識的には違うかもしれない可能性があります。





◆この車輪の中でぐるぐるすることの何が問題なのか?




それは「いつも苦しみの中にいて、喜びが持続する事ができない」ということです。




先ほどの事例で言えば

根底に「人から認められていない自分」というアイデンティティーがずっと在り続けるので





調子が悪くなれば、不安感や恐怖感、自信の無さ、劣等感などがすぐに湧き出てきます。





そのネガティヴな感情を原動力にまた頑張ろうとします。





そして仕事で結果を出した時など、人から認められるような条件が揃った時のみ喜びを感じることができますが、





時間が経てば不調がやってきて、また不安感や劣等感などが襲ってくるようになるのです。





いつもその繰り返しの中から逃れることができず、最終的には人生に疲れてしまいます。




◆車輪の外に出ればどうなるのか?




今まで言ってきたコトは、車輪の中の世界です。




では、車輪の外とはいったいどんな世界なのでしょうか。





一言で言えば、どんな状況や環境にも関わらず、いつも心が平安な状態で生き続けることができます。





不安、焦り、恐怖、劣等感、不信、そのような感情に囚われてぐるぐると悩んでしまう事が無くなります。





というのも、人から認められていない自分、などのネガティヴなアイデンティティーから解放されるからです。





そのアイデンティティーを消し、新しい最高のアイデンティティーに移行する事が出来れば、全てが根本から変化してしまいます。






いつも生きているだけで、人や動物と出会ったり話したりするだけで今ここワクワクしたり感動したりする事ができます。





だからこそ、持続的に喜びや幸せを感じ続けながら生きる事ができ、エネルギーがどんどん湧いてきて、現実のあらゆる事に積極的になってチャレンジ精神が旺盛になります。




◆車輪の外に出るには?




では、どうすれば出られるのでしょうか??




実はこの車輪の外、カルマの外に出られる新しい技術として"認識技術"というのがあります。




Noh jesuという1人の韓国人が、日本人の仲間達と共に20年前から研究開発してきた技術です。




詳しく語ると長くなってしまうので、彼のブログをぜひ見てみて下さい。





この車輪の外に出るためには、自らがどのような車輪を作りだしたのかを把握する必要があります。




ぜひ以下のステップで自己内観をしてみて下さい。




①なぜ今この考えが出ているか?その背景にはどのような感情がありそうか?




②なぜ今この感情が出ているか?その背景にはどのようなイメージがありそうか?




③なぜ今このイメージが出ているか?その背景にはどのようなエネルギーがありそうか?




④なぜ今このエネルギーが出ているか?その背景にはどのようなアイデンティティーがありそうか?




いきなり無意識にあるアイデンティティーを発見する事は難しいです。




適切な質問の仕方とステップで無意識空間を辿っていくと根底にあるアイデンティティーを見つけられます。




ポイントは常に自分の考えや感情、イメージを俯瞰していく事です。
そうすれば次第に自分の心に振り回されなくなっていきます。



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日本の深くて美しい"自由"と"平等"

いまどれだけ日本がアメリカナイズされてしまっているのだろう…

世界をいつも視野に入れていた、あの頃の日本を取り戻したい。

そんな思いでこの記事を書きました。



①自由とは何なのか?




お金も時間も余裕があって




学術も仕事も自分で選択でき




結婚相手も自分で選べて




好きな時に好きな人と好きな場所に行き、おいしいものが食べられたり、旅行を楽しめたりすること。




それが憧れとされる"自由"なライフスタイルだと思います。





しかし、これはアメリカ的な"自由"であって、日本で言う"自由"とはこれとは全く違う概念であると私は考えています。





本当の日本においての"自由"とは




お金持ちだろうと貧乏だろうと




忙しかろうと暇かろうと




自分の好きなことをしてようと、してまいと




そのようなことは一切"自由"であるかないかの基準にはならないのです。




自分の生き方、在り方を追求し




快楽に生きる事を避け




死の恐怖さえも越えて




"志"の下で生きられているかどうかが大事なのです。




自分の命よりも"志"を立てて生きている事を"自由"とし、そうでなければ恥とするのが日本の本来の心です。






日本においては、人間の脳の作り出す欲求の中で生きる事は逆に不自由とみなします。





②"平等"とは何なのか?




平等とは、誰にでも等しくビジネスチャンスがあったり、教育を受けられたり、または均等にお金や配給物が得られたりする事を言うと思います。




また、人種や家系で差別することなくみんな同じ人間なんだと考えます。





アメリカにおいては、神の名の下に人は平等とされ、




神>人間>動物>物質




のような序列になっています。





では、日本において"平等"とはなんでしょうか?





日本では平等と言った時に、人間にとどまりません。





人も動物も植物も物質もみんな等しく神が宿っていると考えるのです。





つまり、

神=人間=動物=植物=物質となり





全てが等しく、差が無い状態の事を"平等"と言います。神さえもです。





特別な存在という存在は無いとも言えるし、全てが特別な存在とも言えます。





③これからの時代に必要な日本の心




日本におけるこの"自由"と"平等"は今本当に世界に必要とされていると思っています。




国レベルでこの意識が成り立っているのは日本を置いて他になく、とても精神性が高いです。




アメリカから学んで、付き従っていく時代はもう終わりでしょう。





これからは日本が自立し世界を引っ張って、この日本の心、大和魂を教えていかなければならないタイミングだと思います。





なぜなら、教育において重要なポイントはこの2つだからです。




志を立たせること




人生をかけた志さえ立てば、後は勝手にその達成に必要なことは自分で学んでいきます。





そして、カミ、ヒト、モノの境界線を無くすこと




全てが1mmも差がなく、1つであり、同じであることを悟り知れば、争うことは無くなります。





21世紀の新しい教育大国として、日本を覚醒させていきたいです。



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大川 真












環境によって作られる欲求と自ら設計する欲求



①やりたい事をやりたいと思う気持ち




"やりたい事をやりたい"、"自分の好きな事だけをしていたい"とは誰しもが思う事と思います。




モテたい
世界中を旅しながら生きたい
美味しいものを毎日食べられる人生が良い
お金持ちになりたい
田舎でゆっくり過ごしたい
バリバリビジネスで成功したい
趣味で生きていきたい
など




また、そのように生きられる人は他の人の憧れのようにもなるでしょう。なかなかできることではありません。




自制している方も多いでしょう。





特にこれまでずっと我慢しながら生きてきたり、勇気が出ずに出来なかった人はこのような欲求はとても強いと思います。





このように自分の欲求に素直に生きる事はとても素晴らしい事だと思いますが、私は同時に危なさも考えています。





②その"やりたい事"はどのように作られたのか?




やりたい事をやりたいという素直さ自体は素晴らしいと思うのですが、そもそもその"やりたい事"とはなぜ、いつ、どこで生まれたのでしょうか?





それは本当に自分の意志で作った"やりたい事"なのでしょうか。





危なさと言うのは、実はその"やりたい事"と言うのが"自分の意志"ではなく、




まわりの"環境"によって作られたものである可能性が極めて高いということです。





環境から作られるのは当たり前だと思う方もいるかもしれません。





家族、テレビ、学校、部活、会社、コミュニティー





様々な環境によってあなたのニーズが作られていきます。





家族内であれば

親から認められたい

良い会社に入りたい

学校であれば

良い成績を取りたい

クラスの人気者になりたい

スポーツができるようになりたい

恋愛したい

会社であれば

ビジネスで成功したい

結婚したい





環境によって作られているという事は、あなたのニーズは誰かの意図によって作られているということにもなります。





理想の息子になるようにするための親の意図
商品を欲しくさせるようにするための会社の意図
国を運営しやすくするための政治の意図





様々な意図が込められた情報が社会には大量に流れています





しかし、誰もが赤ちゃんの頃からその情報の海の中で育つのでハッキリ言えば逃れようがないのです。





そして物覚えが付いた頃には大方の人格形成は為されています。





そのようにして、ほぼ自分の意志とは関係なく"やりたい事"は環境によって作られていくのです。





③作られた"やりたい事"で生きる事の何が問題になるか?





それによって生じる問題はいくつかあります。





代表的なのは

人にどう思われるかという不安
人に申し訳ないと思う罪悪感
人に注目される羞恥心

常にこれらの気持ちと戦い続けるケースです。




その気持ちに負けたら途中で諦めてしまうし




勝っても無意識にストレスを溜め続けてしまいます。





そしていづれ溜まったストレスが爆発し、鬱っぽくなってしまったり、身体に故障がきます。





しかも、我慢の反動で暴発してしまう可能性があり





この場合はやり過ぎたり頑張り過ぎたりして、身体にかなりダメージが及びます。




うまく調節することが難しいのです。




④それなら、"やりたい事"を自ら創り出すにはどうするのか?




これはまず、幼少期からの経験や体験によって作られてきた人格を自分で把握する必要があります。





なぜ、いま自分はこれらの事をやりたいと思っているのか?





なぜ、他の事では無かったのか?




なぜ、これらの事が好きなのか?




過去の体験や経験の中から自分の欲求や興味が生まれてきた背景を整理してみて下さい。




その次のステップはリセットです。




それらを1度手放し、0化します。
そして、そもそもどうして人間はそのような仕組みになっているのかという本質的な理解が必要になります。




そして最後に、再設計です。




0化した後、新しい自分の在り方、生き方、人生の目的や方向性を設計していきます。





これら一連の流れは、1人では難しいのでプロの方に案内してもらう事をお勧めしています。




⑤自分で設計する生き方とはどのようなものなのか?




自分がどのような存在であり、どんな欲求や目的を持っていて、どんな方向性の人生を歩むのか。




それらを全て自らが設計することで、ものすごく大自由な感覚で生きる事になります。





また環境や状況に流されることはなくなり、自分の意志で立って生きていくので、自分の人生の主人である自負がハッキリします。




まわりからは頼もしい人のようにうつるでしょう。




そして、頑張り過ぎたり、怠惰をし過ぎたりすることなく、いつも自分で調節が可能です。




ぜひ、興味がある方は試してみて下さい。


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ストレス、プレッシャーの源泉は全て、"環境"ではなく"自分"。

今はストレス社会と呼ばれるぐらい、ストレスやプレッシャーがものすごい時代です。




家庭、学校、職場、あらゆる局面で、特に人間関係のストレスは大きいですね。




特に日本では、鬱や自殺する人が多いと言われています。




そこまでいかないにしても、日々ストレスが多すぎて嫌になる人もたくさんいると思います。




それなら、このストレス、プレッシャーは




どこから生まれてくるのでしょうか?




また、なぜ生まれてくるのでしょうか?




今回はこの2つの質問にポイントを当ててみようと思います。




①ストレス、プレッシャーはどこから生まれてくるのか?




結論から言うと、「自分」です。

もう少し厳密に言うとアイデンティティーとなります。




まわりの人や環境があなたに与えてくるものと思う方もいるかもしれませんが、実はそうではありません。




たしかに、"環境"はストレスやプレッシャーの大きさに影響は与えやすいですが原因ではないのです。




まわりの様子、状況、人の顔、発言、振る舞い、行動、これらすべては脳によって投影されている現実の画面であり、そこに意味自体があるわけではありません。




その現実画面、対象を観たあなたが、「何を感じているのか?」が大事です。




そこにストレス、プレッシャーを感じれば、ストレス、プレッシャーが生まれてきます。




逆に言えば、そこに喜びや価値を感じれば、喜びや価値が生まれてきます。




つまり同じ現実画面、対象だとしても、あなたがどのように観て、何を感じるかによって喜びにもストレスにもどちらにでもなります。




つねに、主体(自分)と対象(環境)を意識してみて下さい。




ストレスやプレッシャーの原因を対象(環境)においてしまっては本物の変化を起こすことはできません。




なぜなら、いつもストレスを生み出しているのは自分自身だからです。




しかし、"思い方"によって変化しようとするとまた失敗します。




こう思う事にしよう。

こう考える事にしよう。

こう感じる事にしよう。




一時的には良くなりますが、またすぐに問題にぶちあたるケースです。




これは、思い方をいくら変えても、あなた自身そのものが変化していないので根本的な変化になりません。




簡単に言うと、"あり方"の変化を起こさなければいけないのです。




そのためには、"今私は、どんな自分として生きているのか?"という事を明確に自分で理解する必要性があります。




②なぜ、ストレス、プレッシャーは生まれてくるのか?




ストレス、プレッシャーは"自分"から生まれてくると話しましたが、これってよくよく考えれば不思議な事です。




わざわざ自分からストレス、プレッシャーを生み出し、それを減らすために人は頑張っている事になります。




しかも意識的にではなく、無意識的にオートで生み出しています。




何にどれくらいストレスやプレッシャーを感じるかは人それぞれの幼少期の体験に基づいています。




幼少期の頃のショックな体験によって各々が"自分"を作り出します。




そしてその"自分"が日々日々ストレス、プレッシャーを生み出し続けます。




自分がどんな"自分"を作り出しているのか知りたい方は、セッションなどを受けてみるのが最も早いでしょう。




そして実は、そもそもこの原理自体が人の"モチベーションシステム"になっています。




ダメな"自分"がストレスやプレッシャーを生み出し、それらを乗り越えるため、それらから解放されるために頑張る。




もう少し簡略的に言えば、ダメな自分(✖️)から、ダメじゃない自分(◯)へ




✖️→◯へ




✖️◯エンジンとも言えます。




この✖️◯エンジンを活用して、生きるモチベーションを作っている間は、実はストレス、プレッシャーから自由になる事が出来ないのです。




むしろ、ストレスプレッシャーがないと何もモチベーションが湧かない事になってしまいます。




本当の意味でストレス、プレッシャーから自由になり、かつ持続的にモチベーションを起こし続ける事ができるようになるには、✖️◯エンジンではない、新しいエンジンを装着する必要性があります。






今回の事をまとめると、

ストレス、プレッシャーは"自分"から生まれます。環境ではありません。

✖️な自分から◯な自分へ変化させるモチベーションを作るために、いつもストレス、プレッシャーを生み出し続けます。

そこから自由になるには、新しいエンジンの装着が必要です。

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自分の判断基準が"変"だと思えるか



人間なら誰しもが持っているものの中の一つに"判断基準"があります。



その"判断基準"は人によって似ていたり、バラバラだったりします。




そしてその"判断基準"は何か物事を意思決定する上で必ず使います。




自分がどのような"判断基準"を持っているだろうかと、改めて考えてみた事はありますか?




さらに、自分の持っている"判断基準"に対してじっくり吟味し、この基準を採用するかどうかを考えてみた事はありますか?




多くの場合、そのような事はしないと思います。




それはその人にとってその基準が当たり前過ぎて、無意識に絶対正しいと思い込んでいるからです。




だから無自覚に人や自分をジャッジしてしまいます。




その結果、他己否定や自己否定を繰り返します。




例えば、
「ある人からLINEの返信が1日間来なかった」
という1つの事実が起きたとします。



その時に
「この人は私を無視しているに違いない」
「全く自分に興味が無いんだ」
「嫌われてるかも…」
と思ったとします。




そして、怒りや不安の感情が沸き起こります。




この時、自分がそのような感情や言葉の動きが起こった事に対して異変を感じるでしょうか。




もしかしたら相手方はただ単に忘れていたり、返したつもりで勘違いしていたり、何か事情があっただけかもしれません。




その確認をする前に、勝手に考えを巡らせて怒ったり不安になったりしているのです。




これを普通だと思ったり、個性や性格だと思えばずっとそのパターンは繰り返すでしょう。




でも見方を変えれば、これってかなりエネルギーの無駄遣いをしていると思いませんか??




私の観点から観れば明らかに"変"です。




自分自身で"変"だと思う事が出来れば、このパターンを変化させるきっかけを掴むことができます。




当然である。
常識である。
個性である。
性格である。



と決めつけると、思考がstopして先に行けなくなるのです。




その"変"な判断基準を用いる事によって、無駄な考えや感情を大量生産しているのが人とも言えます。




エネルギー効率が非常に悪いです。




相対比較なども同様で




自分より出来る人を見つけては、自分はダメだと落ち込みます。




そして無駄に考えや感情を動かし、エネルギーを浪費します。




エネルギーを浪費するぐらいなら、わざわざ自分より出来る人を見つけては相対比較などしてなくてよいのに、どうしてもしてしまいます。




他にも様々なパターンはありますが、これらの要因は一様に




"変"な判断基準を持っているからです。




LINEの返信が来ない
→この人は私を嫌っている
→全く私には興味が無いんだ




このように、普通と思う人は多いかもしれませんが、よくよく考えれば実は論理の飛躍が凄いです。




でもそれを、日々の中で何回もやっています。平気で。




まわりも同じだからと言って、こういうものだと決めつけるのを1度ストップし




自分の判断基準をじっくり観察して、違和感を得る経験を蓄積してみて下さい。




"変"に気付く力が養われます。



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大川真

「自分と自分の宇宙は実在しない」この言葉の意味するところ。


この言葉を聞いた時どのように感じますか?




は?と思う人が多いでしょうし




よくわからん。

ふーん。



と感じる人もいるでしょうし




自分もそう思う!と言う人もいるかもしれません。




この言葉は言い換えるなら、この世界が錯覚であり、仮想のものであるということになります。




このような事を言う人いま現在増えてきています。




理論物理学のホログラフィック原理

イーロンマスク

バンクオブアメリカのレポート、NTTの実験

他様々なスピリチュアリストや宗教家、哲学者

などです。



例えば



「誰も見ていない時でも月は存在するか?」

という実在性問題が世の中では議論されています。




これは量子力学のミクロの分野では既に非実在性が実験で確認されました。




NTTの実験ではさらに大きいスケールにおいても非実在性を証明しました。





つまり簡単に言えば、人間が観測するまでこの現実は存在していないということになります。




観測していない時は、波動状態と呼ばれ、存在の無い情報が広がっているのみとなります。




ではこれが、自分達の日常とどのように繋がっているのでしょうか?




実はこれ、どんな人の人生においても最も重要な論点になるのです。




これから先の人生を


①「自分と自分の宇宙が実在する」という大前提で生きるのか?


②「自分と自分の宇宙が実在しない」という大前提で生きるのか?




この2極で人が分かれます。




人は誰しも、過去の記憶、情報知識、体験を元に"自分"というものを確立し、自分の考えを展開し、人生を設計していきます。




だからその人にとって自分の記憶や思い出はとても大事なものだと思います。



もちろん、忘れたい事もあると思いますが。




もし、それら全てが実は錯覚であり幻想であると言われたら、どう感じるでしょうか?




あなたの基本土台が大きく揺らぐことになります。




映画マトリックスの主人公は、自分が今までホログラムの中にいた事実を受け入れる時にとてもショックを受け暴れ回りました。




人の"存在意義"にダイレクトに関わる重要な問題になります。




だから、②「自分と自分の宇宙が実在しない」事を受け入れた人は




どうせ錯覚だから何してもいいやと自暴自棄になったり、何でもいいやと無思考になるか、





それなら、「本当に実在するものとは何なのだろう?」と疑問を持ち探すようになる方と分かれていきます。




後者はいずれ本当に実在するものを発見し、新しい人生をスタートさせるようになります。




①「自分と自分の宇宙が実在しない」という事を受け入れ無い人は、これまでとあまり変わらない人生を歩むようになります。




頭で分かったとしても、感情の抵抗が働く可能性が高いので、受け入れるためには「勇気」が必要になります。




どの選択をするのも自由です。



僕的には②の人生をオススメします。



理由は色々ありますが、羽のように軽く生きられるからですね。

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自分の"クセ"を強める自己流の罠


何か物事を学ぶ時には必ず学ぶ対象が存在します。



それは多くの場合、"人"だと思います。もちろん、物質や植物、動物から学ぶこともあります。



"人"から学ぶとき、みなさんはどのようにして学んでいるでしょうか。



学ぶ対象の人=師

としましょう。



学ぶ時に最も重要なのは、
「その師の教えようとしているイメージを寸分違わず受け取れるかどうか」です。



これ1点のみです。



受け取れればその師のようになれるし、受け取れなければその師のようにはなれません。



守•破•離で整理するならば



第1段階の"守"が出来るかどうかが最も大事で、これが出来なければ破も離も出来ないでしょう。




ですが、師のイメージをそのまま受け取る事が実は物凄く難しいです。




なぜなら、必ず人は師が言っている事を自己流解析します。



この自己流解析は誰しもがするのです。



その結果、師のイメージとはどんどんずれていき自分流となり、正しくイメージを受け取れる事が次第に出来なくなります。




人は必ず学び方の"クセ"を持っており、それに気付かず自己流で学び続ける事でどんどん"クセ"を強化していき、それを治す事が難しくなるのです。




それが個性であるという意見もあると思いますが、この"守"を通過していない個性は共有が難しく、孤独と分離を生み出します。




師のイメージと完全に一致し、その師を超えてこそ、本当の意味で進化した個性を生み出す事が可能となります。




人生を一言で例えるなら、「森」であると言えます。森から抜け出す事を成功に例えるなら



その森から抜けたしたくても、最初は道がわからず迷ってしまうでしょう。



その時に、自力でなんとか出ようとする人はずっと迷い続ける可能性が高い上に抜け出したとしても時間がかかります。



一番早いのはもう既に抜けだした人に案内してもらう事です。その森の案内人が師の事ですね。



その人の案内を素直に聞いて実行していけば森から出られます。




そして次のステージの森に入れます。




なので、シンプルに言えば実は"素直さ"しか必要ありません。




ただし何度も言うようですが、これが実は難しいです。



理想を言えば、既に抜け出す道を開拓されてある森をわざわざ自分が開拓する必要はありません。



案内人に道を教えてもらい、さっさと森を抜け出し



誰も開拓した事の無い森に入って、開拓精神を楽しめば良いのです。
ライバルのいない境地です。




そうすれば、いつも最先端を走っている状態を創ることができ、個性が溢れ毎日が楽しくなります。




なので、まずは徹底的に"守"を大切にして下さい。



また、自分の"クセ"を強化すればするほど、そのクセを解くことに時間がかかります。



結果的に学びのスピードが遅くなるので要注意です。




では、人の学び方ついて具体的にどのような事があるでしょうか?




このブログでは、大きく分けて3パターンにしてみました。



①師の本やブログから学ぶ

②師に直接会って学ぶ

③師と一緒に仕事しながら学ぶ



3つとも大事なのですが、



①より②


②より③



の方が師から正しくイメージを受け取れる可能性が高いです。



逆に言えば、①のみで学ぶのは最も"クセ"を強化しやすい事になります。



なぜなら、文章はとても抽象的な表現なので、読む人がそれぞれ主観的な解析をしてバラバラな意味合いを持つようになってしまいます。




これも例えるなら、お釈迦様の経典は一つでも、弟子の解釈によって様々な派閥が生まれる現象のようにです。



だからこそ②、③が必要です。



また、もう一つ重要なのはその「"師"を共にしているコミュニティに所属しているかどうか」です。



仲間がいれば比較して自分を省みることが出来るので自分の"クセ"に気付きやすいからです。




これまでの事をまとめると、
「師」を決めたなら、師に対して素直になり、共に仕事して、師のコミュニティに所属していること。

それが「守」を極める最短最速の道です。




不安感が出る人はいるかもしれませんが、実はこれが最も人生の成功に重要な要素となります。


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