環境によって作られる欲求と自ら設計する欲求
①やりたい事をやりたいと思う気持ち
"やりたい事をやりたい"、"自分の好きな事だけをしていたい"とは誰しもが思う事と思います。
モテたい
世界中を旅しながら生きたい
美味しいものを毎日食べられる人生が良い
お金持ちになりたい
田舎でゆっくり過ごしたい
バリバリビジネスで成功したい
趣味で生きていきたい
など
また、そのように生きられる人は他の人の憧れのようにもなるでしょう。なかなかできることではありません。
自制している方も多いでしょう。
特にこれまでずっと我慢しながら生きてきたり、勇気が出ずに出来なかった人はこのような欲求はとても強いと思います。
このように自分の欲求に素直に生きる事はとても素晴らしい事だと思いますが、私は同時に危なさも考えています。
②その"やりたい事"はどのように作られたのか?
やりたい事をやりたいという素直さ自体は素晴らしいと思うのですが、そもそもその"やりたい事"とはなぜ、いつ、どこで生まれたのでしょうか?
それは本当に自分の意志で作った"やりたい事"なのでしょうか。
危なさと言うのは、実はその"やりたい事"と言うのが"自分の意志"ではなく、
まわりの"環境"によって作られたものである可能性が極めて高いということです。
環境から作られるのは当たり前だと思う方もいるかもしれません。
家族、テレビ、学校、部活、会社、コミュニティー
様々な環境によってあなたのニーズが作られていきます。
家族内であれば
親から認められたい
良い会社に入りたい
学校であれば
良い成績を取りたい
クラスの人気者になりたい
スポーツができるようになりたい
恋愛したい
会社であれば
ビジネスで成功したい
結婚したい
環境によって作られているという事は、あなたのニーズは誰かの意図によって作られているということにもなります。
理想の息子になるようにするための親の意図
商品を欲しくさせるようにするための会社の意図
国を運営しやすくするための政治の意図
様々な意図が込められた情報が社会には大量に流れています
しかし、誰もが赤ちゃんの頃からその情報の海の中で育つのでハッキリ言えば逃れようがないのです。
そして物覚えが付いた頃には大方の人格形成は為されています。
そのようにして、ほぼ自分の意志とは関係なく"やりたい事"は環境によって作られていくのです。
③作られた"やりたい事"で生きる事の何が問題になるか?
それによって生じる問題はいくつかあります。
代表的なのは
人にどう思われるかという不安
人に申し訳ないと思う罪悪感
人に注目される羞恥心
常にこれらの気持ちと戦い続けるケースです。
その気持ちに負けたら途中で諦めてしまうし
勝っても無意識にストレスを溜め続けてしまいます。
そしていづれ溜まったストレスが爆発し、鬱っぽくなってしまったり、身体に故障がきます。
しかも、我慢の反動で暴発してしまう可能性があり
この場合はやり過ぎたり頑張り過ぎたりして、身体にかなりダメージが及びます。
うまく調節することが難しいのです。
④それなら、"やりたい事"を自ら創り出すにはどうするのか?
これはまず、幼少期からの経験や体験によって作られてきた人格を自分で把握する必要があります。
なぜ、いま自分はこれらの事をやりたいと思っているのか?
なぜ、他の事では無かったのか?
なぜ、これらの事が好きなのか?
過去の体験や経験の中から自分の欲求や興味が生まれてきた背景を整理してみて下さい。
その次のステップはリセットです。
それらを1度手放し、0化します。
そして、そもそもどうして人間はそのような仕組みになっているのかという本質的な理解が必要になります。
そして最後に、再設計です。
0化した後、新しい自分の在り方、生き方、人生の目的や方向性を設計していきます。
これら一連の流れは、1人では難しいのでプロの方に案内してもらう事をお勧めしています。
⑤自分で設計する生き方とはどのようなものなのか?
自分がどのような存在であり、どんな欲求や目的を持っていて、どんな方向性の人生を歩むのか。
それらを全て自らが設計することで、ものすごく大自由な感覚で生きる事になります。
また環境や状況に流されることはなくなり、自分の意志で立って生きていくので、自分の人生の主人である自負がハッキリします。
まわりからは頼もしい人のようにうつるでしょう。
そして、頑張り過ぎたり、怠惰をし過ぎたりすることなく、いつも自分で調節が可能です。
ぜひ、興味がある方は試してみて下さい。
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