世界の構成要素は"存在"ではなく"認識"

日常から宇宙の根源まで。認識技術で語る世界。

"犬"はなぜ可愛くて美しく、愛されるのか

犬に限らず猫もそうだけれど、

 

可愛いかったり、カッコよかったり、キレいだったり、ブサイクだったりします。

 

これはなぜ?

 

シンプルに考えると、それは人間が見るからです。

 

もしカエルが見れば、可愛いくもなく、カッコよくもなく、キレいでもなく、ブサイクでもないでしょう。というかそんな風に見る概念もない。

 

では犬が白かったり、黒かったり、茶色だったり、模様があったり、フワフワしてたり、ゴワゴワしてたりするのはなぜ?

 

それも人間の目で見たり、人間の手で触れるからですね。

 

カエルの目で見たり、カエルの手で触れたりしても多少の違いはあるかもしれませんがそこまで識別しないでしょう。カエルが積極的に犬を見たり触ったりも普通はしません。

 

カエルにとっては、"動物"とか"犬"とかいう概念も無ければ、興味も無いし、ただ漠然と近づくと危険な存在にしか写ってないと思います。

 

もしこの世に人間がいなければ、"犬"という存在は、危険な存在か、犬同士であれば子孫を残す対象であったり、一緒に狩りをする仲間であったりする存在にとどまることでしょう。

 

人間の登場によって、より細かく識別される存在となった犬は、可愛いかったり、嗅覚が鋭いと褒められ、フワフワやゴワゴワになったり、様々な色を身に付けたりするようになります。

 

つまり"犬"をより繊細に識別する存在の登場によって、犬の新しい意味、価値、可能性が爆発的な広がりを見せています。

 

それは犬だけでなく、全ての存在に言えると思います。

 

"人間"自体も、その人間を認識する存在に起因して、新しい意味、価値、可能性が広がります。

 

ということは、人間そのものを新しく捉え直し、これまでとは全く違うように人間を認識をする存在が登場すれば、"人間"という存在も大きく変化するということになります。

 

そのようなことが今最も必要なことだと思いまふ。